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ミョウガ坂のお話その3
2021-06-20 09:38:54  | コメント(2)
時間は少しばかり前に戻る。

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ミョウガ坂の頂上を目指し、まりもとミルイがぺちゃくちゃお喋りしながら、自転車を押して進んでいた頃。坂の途中にある家。

「勇次郎!どこ行くんだい?下のコンビニに行くなら、牛乳買ってきておくれ、ああ、そうそう。ついでに猫草、萎れてないか見てきておくれ」

茗荷の地下茎により、地面の下を乗っ取られた為に茫々となった裏庭を横切り、遅い昼食を食べに来た息子が動きをみせた。

裏庭一面にポコポコ生える茗荷。母親が収穫した、茗荷を使い、炊き込みご飯。茗荷の甘酢漬け、茗荷の天ぷら。

そこには母親の深く湿気った、重い愛が込められている。

『茗荷を食べ過ぎたら物忘れになるっていうからね!とっとと、あの女の事なんか忘れてしまえばいいのさ!猫は。子猫を探してこなくっちゃ』

とうに冷めきった献立で腹を満たした、ひとり息子の勇次郎。

風通る縁側で寝転がり、持ち込んだ雑誌をぼーと、眺めていたのだが、何かを思いつき、ガバァと立ち上がる。

気の早い彼の両親により数年前に、二世帯住宅へのリフォームが終え、まだ新しいキッチンで茶碗を洗い、晩飯は残った茗荷の天ぷらを卵とじにして……、と移した小皿にラップを掛け、蝿帳に入れながら、愛息子の動きを目ざとく見つけた母親は話した。

「ああ?コンビニじゃねぇんだけど。駅前にちょっと、うん。家の前のプランター見てくるよ」

「駅前?混むから嫌だと言ってなかったかい?何買いにわざわざ出るんだい。熱帯雨林でも済むのにさ。ほらみてご覧、そこの段ボール箱!出るならついでに回収ボックスに放り入れて来ておくれ。それと最近、ガソリン値上がってるんだから、原チャリ乗るなら、使った分だけ、入れて帰っておくれよね」

一人息子の出掛ける宣言に、内心狂喜乱舞しつつ、それを抑える様に、わざとつけつけと話しながら、ピッ!ピンとラップをはれた事に満足気に頷く母親。

わかった、ハイハイ。逆らうと煩いので生返事を返すと、財布を取りに、新居に改装された母屋の二階にある新居スペースではなく、湿気った裏庭の片隅に自分で建てた、プレハブ小屋へと向う息子。

『あのね。チャラ君の方が、モフモフニャンコ大魔王で、上位だから……。上位よ!!ゆーじろーは大勢いる勇者のひとりだけど、あっちは大魔王よ?伝説の大魔王の称号を獲得したじゃん、オンリーワンの存在!だから結婚はチャラ君とするね。(*ノω・*)テヘ』

付き合って何年の彼女から、共通の趣味である、オンラインゲーム。この度、表も裏もその先もミッション全制覇の挙げ句、大魔王となった勇次郎と同期の『茶羽(チャバネ) 飛雄(トビオ)』、通称チャラ君。彼のゲーム内での地位の方がイイと云う理由で、婚約破棄をされ、更に彼がすべてを捧げていた愛猫、たまこの死が重なり、在宅ワークでも事足りる勇次郎はすっかり……。

人間なんて、らららららら……。ゲームも卒業さ。

せっかくリフォームしたのにさ、ボヤく親から避ける為、急拵えでトイレと洗面所を備えたプレハブ小屋を建てたあと、そこで黙々と仕事をこなし、母屋へ食事に行き、ついでに風呂に入り帰るという暮らし。

それが最近、ある事に興味を持ち、どうしてもやってみたくなったのだ。その為には駅前の商業施設に、行かなくてはならない。

ネット通販で『羊毛フェルト作品入門キット』をあれこれ眺めていても、いまいちこれだ!がなかっのだ。財布をポケットにねじ込み、久しぶりに出掛ける為、表に向かう。

ヘルメットを被り、ガチャン。母親の真っ赤なスクーターを駐車スペースから出し、よいせっとまたがった。

ゴルフに出ているらしく、父親の車が無い車庫には、車検が切れた自身の軽四がうらめしげに彼をみている。

それを見ないようにし、グリップに力を入れた。

ミシリ。タイヤが軽くへしゃげる。

ブブブ、ロロロロ………。

覇気のないエンジン音と共に、ゆっくり坂道を下り始めたその時!

ジャァァァァァ!ジャァァァァァ!

颯爽と少女の自転車が先に進んだ。
エンジンをふかす前だったのだが、彼は抜かれた事に対して、何故か酷く物悲しくなった。

ブブブブブ……。プスン。スクーターのエンジンが止まる。

「俺って自転車にも負けるの?チャラ君に負けて。彼女盗られちゃって。うっ。こんな時に『たまこ(ΦωΦ)』が居たら、たまこ、たまこぉぉ」

にゃあんと彼の愛猫の声が耳に蘇り、じわりと涙が滲んた。先には、速度が遅くなりかけた自転車に乗る、二人の後ろ姿。

「くすん、……。たまこぉぉ。あの子達、ヘッタクソだなぁ。俺らがガキの時じゃぁ、麓まで漕がずに辿り着くってのがルールだったのにな、転んだらどうするんだ?女の子だぞ?あ!猫草!見なくちゃ」

猫草、自身の言葉にそれを旨そうに、ハミハミしていた、たまこを思い出し、じんわり涙が出てくる勇次郎なのであった……。
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(^O^)/ミョウガ坂は、佐々木龍様から、お名前を拝借しております。

菖蒲田山椒様

(^O^)/お読み頂きありがとうございます。自転車レース、やりました!少しばかり行けば山手で、その頃は車の通行量も少なかったです。女の子も飛ばしますよねー。末娘は麓の中学校迄、バス通学出来るのに、チャリを飛ばしたいからという理由で、自転車通学してましたよ。←ノーブレーキ最高!(三年生の折に、危ないからバスで来いと、学校からお叱りを受けました)

細かいネタを入れながら書くのが好きなので、自作を読み返すと、ええ?てなこともあります(^O^)/
投稿者:秋の桜子  [ 2021-06-22 07:26:30 ]


山椒でございます。

毎回楽しみにさせていただいております。
色々な情景が頭に浮かびます。実家の風景が近いですかね。
トイレと洗面所のプレハブ、祖母の家にありました。
茗荷、実家にも生えておりまして、取りに行ったものです。

前のお話、興奮して書き込んでいる途中でエラー。
書き直す元気なくてこちらで失礼。
私も高校時代、マウンテンバイクにスピードメーター付けて峠でやりました。何キロ出たかは言えません…。
女の子のドキワクは恋愛だけではない。そんな前回。

それぞれ別なお話のようで、これはミョウガ坂でのお話。
自分にとっては「わかる!そういうのあった!」連発の情景。
最初から読みなおす度に新たな発見があって面白いです。
投稿者:菖蒲田山椒  [ 2021-06-21 14:17:01 ]