2021-06-23 11:03:49
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警部補の彼女はお気に入りの雑誌を片手に、昼休みを過ごそうとしていた。明日は久しぶりに、日曜日が終日休みなのだが、厄介な仕事を抱えた時のように心が弾まない彼女。昨夜のやり取りが脳裏に鮮やかに浮かび上がった。
――、「でね、息子さんの変な行動に気がついた、そのお宅のお母さんから頼まれたの。貴方次の日曜日、丁度お休みじゃない、様子を見てきてちょうだい」
さりとてこれといった事件も無かった日、いつもの様に少しばかり遅い食卓で向き合う母親の話に付き合う事になった。
頂き物だという、茗荷の甘酢漬けを口に入れると、夏の香りが鼻から抜け、美味しいと言葉が出た娘。
「そのお漬物美味しいでしょう。そのお宅から頂いたの。お礼を受け取ったのだから、ちゃんと見てきてね、なんでも小学生が自転車レースしてたのに、出くわした時から、様子が変わったらしいの、学校に通報したりなんかして」
「ええ!せっかくの休みなのに。子どもの遊びなんだから、ほっておいてもいいのに。あの坂道でチャリレース、この辺りで育った子なら、大概やってると思うけどなぁ、途中からダラダラとなって、スピード落ちるし、麓の道と合流する頃には、漕がなきゃ進まないよ。それに車の通りも、人通りも少ないし……、一旦停止も完璧に出来る!出来なきゃ切符切るけどね」
懐かしい記憶の風景が蘇る。
「女のコでする子は、貴方の頃は少なかったわよ。貴方は男のコとばっかり、遊んでいたから。そのお宅のね、息子さんときたら、学校にわざわざ電話をしたんですって、それから毎日、毎日、息子さん、在宅ワークが終わったら、外に出て猫を真剣に見つめてたり、麓に立ってたり、夜な夜な雄叫びを上げたりしてるそうなの」
食後の緑茶を注ぎながら母親は、変な息子さんでしょ、と眉間に皺を寄せる。
「猫を真剣に。私もするけどなぁ」
他愛のない事と話す娘。
「貴方は、お仕事絡みでしょう?お母さんが心配されてるのよ。息子さん、色々あったらしくて、引きこもりっぽくなられてるから」
「うーん。あらでも、麓に立ってるってのは、なぜなのかな?毎日なの?」
「今のところはね。何考えてるんだか。そうそう、お隣から聞いたんだけど、小学生の間では『ねこさかの赤い原チャリオトコが、赤いバンダナを頭に巻いて、坂道を自転車に乗って下ってると、奇声を上げて追いかけてくる』って、噂になってるんですってよ」
坂道を転がるように、無邪気な噂はふくれあがっている。
「憶測で物を言うのはよくない、事実と真実があるのに」
冷静に諭す娘。
「でもね、息子さんの出す洗濯物に、血液が付着してるんですって!それにあちこち、絆創膏まみれになってるそうだし」
不安気に話す母親。
「絆創膏まみれにって、私も『チクチク部』の活動したらそうなるけど……、工作したりとかしてるんじゃない?」
「貴方はお仕事絡みだもの。図工とかは苦手だったって、お母さん言ってらしたわ。そんな事これっぽっちも興味を持った事なかったそうよ。だから貴方がしっかり!見てくる必要があると思うのよ。じゃぁ、日曜日にお願いね」
話を閉じたかったのかそう言い切り、席を離れた母親。
……、はぁぁ。面倒くさい事に巻き込まれちゃった。ため息つきながら壁を見ると。経費削減の為に駆り出されたポスターの自分が、やれ!と言わんばかりの笑みを浮かべていた。
ポスターではないですが、就職氷河期を無難に乗り越えたせいか学生募集のパンフやカタログになった山椒。
警部補さんのように美人という意味ではないですよ。
むしろ出席日数が足りない問題児。
本州の実家に帰るとパンフやカタログのせいで、
母に「先生たちから色々言われるのよぉ。」
で、ご近所に言われるとやるしかない。
わかりみしかない。
ここまでは自分の話。
良い意味で、シドニーシェルダン的な爽快感。
五感を揺さぶる桜子さま。恐るべしですよ。