2021-06-25 20:05:35
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「そんな所でどうされたのですか」
躊躇する事なく声をかける警部補。見知らぬ大人の登場に、ハッとし勇次郎を指差し、悪いのはこの人と言わんばかりに話す少女。
「え、と。あの!このひとが、さっき落としたの、拾ったまんまなんです!。返してくださいって言ったのに、返してくれないんです」
「それはどんな物なの?」
「小さい三毛猫のマスコットです。ポケットに入れてて、出してお友達に見せて、話しながら自転車を押して歩いてたら落としてたの。引き返したらおじさんが拾ってて」
ハキハキと答える、ミルイ。ウンウンと頷くまりも。
「失礼ですが、それは本当のお話ですか?」
しゃがみ込む勇次郎に問いかけた彼女。
「はい……。そうです」
力なく答えると、よろよろ立ち上がった彼。
「どうして返さないのです?」
「死んだ猫にそっくりで、そっくりで……、ごめんね」
それをミルイに差し出した勇次郎。涙に汚れた顔を見た警部補は、悪い人ではないな。と判断を下すのに時間は要らなかった。
パッと受け取るミルイ。ギシギシ硬い空気がその場に産まれる。
「ありがとうございますは?」
警部補の言葉に、逆らえない物を感じた少女は、ふてぶてしくありがとうございます。と頭を下げた。その様子を見ながら、不貞腐れた少女達に向き合う。
「で!この先は行き止まりよね。どうして上がるのか、教えてくれない?」
「え?それはその……」
気まずそうに、少女は顔を見合わせたあと俯き、ゴニョゴニョと口籠る。
自らの経験から察した警部補が二人を諭した。
「自転車で競争する為なら、やっぱり危ないと注意します。お姉さんも昔はよくやっていたけど。怪我したこともあるから。でも、乗るなとは言わない。スピードに気をつけて、楽しく乗るのなら大丈夫です。麓の、一旦停止の白い線は絶対!お約束です!」
分かりましたか?と問う警部補に、はい!わかりました!と素直に返した、まりもとミルイ。
「よし!じゃぁ、行ってください!くれぐれも、交通安全第一にね!」
分かりました。おじさんありがとう。二人の少女が素直にペコリとお辞儀をすると、自転車を押しながら、坂を下り帰って行った。
どうすれば良いのか、もじもじする男に向き合う事にした彼女。ありのまま話しても大丈夫と踏み、あけすけに聞く。
「実はあなたのお母様に、息子の様子が変だと、ご相談を受けているのです。少しばかりお話を、お聞きかせ願えません?」
「はえ?え?はい、構いませんが」
遠くから、シャーと自転車の走行音。それは坂の上から流れて来ていた。
「学校に通報した経緯は分かりました。では。お母様の言うところの、日に日に麓で立っていたという話は、本当ですか?」
テキパキ話す彼女に引っ張られる様に男は答えた。
「あ、はい。もしも!て事があったら危ないでしょう。この辺り車の通行量少ないけど……、僕も小さい頃、もう少しで歩いていたおじいさんと、ぶつかりそうになった事があったから」
バツが悪そうに、目元をこすりながら話す勇次郎。
「在宅ワークをされておられるとか。これも、お母様からお聞きしてますけど。ならばボランティアに登録をし、安全巡視員になられたら、周囲からとやかく言われない気がするのですが」
「え?あれ。お年寄りじゃないと無理な気がしてて」
「高齢化の波で人手不足です、毎日の仕事になりますからね。市役所の登録センターで、詳細をお聞きしてください」
「あ。はい。わかりました」
ひとつ、任務終了をした彼女。
「では、もうひとつ。その手の絆創膏は?」
あらぬ心配をしているらしい、彼の両親に伝える為、聞き出す警部補。
「これは……、その。お、いえ。僕は不器用で。死んだ猫が忘れられなくて……」
シャァァァ……、話す二人に近づく自転車。普段人通りのない坂道の途中で、立ち話をしている男女が気になったのか、キッ!とブレーキ音が響いた午後のミョウガ坂。視線を感じる警部補。
「フェルトアートが欲しくて……。小さい猫のやつ。雑誌のリクエスト募集に何度も応募したんですけど、クジ運悪いから。で!自分で創ろうと思い立ち、キットを買ってきたんです!でも、でも、出来上がったのが……」
「あの子達が言ってた『三毛の豚』」
「まん丸で、全然猫じゃなくて、どう見ても三毛の豚になっちゃって、仕事を終わらしたあとで、一生懸命、チクチクしたのに、ブスブス針で指を刺しながら……、僕は図工苦手科目だったんです!」
話を聞き、ああ!私もよ!と思わずその、絆創膏だらけの手を取りたくなった彼女。警部補もまた、家庭科図工など手先を使う科目は皆目だったのだ。そんなやり取りを見ていた、傍観者が動く。
「あの。これを良ければ」
声高に話す声が聞こえたのだろう。自転車を停め様子を伺っていた青年が鞄を手にし、二人に近づいてきた。スルリ。ネームタグの様に幾つもぶら下がっている、小さなソレを、絡めること無く器用にひとつ選び取り外すと、絆創膏だらけ勇者次郎に差し出した。
「え?ふぉぉぉ!い!良いんですか!た!たまこ。たまこぉぉ!」
ポトン。と手のひらに落とされた、小さな三毛猫のフェルト作品。受け取った彼は大泣きをしている。突然現れた見目麗しい青年を、ただ見つめるだけの彼女。
「じゃ、これで」涼やかな笑みを二人に残し、自転車にまたがり坂を下りていった彼。
それを見送る警部補の彼女の心は薄紅色。サワサワと涼やかな葉擦れの音が、頬染める彼女の心の内に産まれていた。
そこはミョウガ坂。今の子どもたちの間では、別の名前『ねこさか』がある町。歩道には頂点迄、緑化運動で配られたプランターがずらりと並ぶ。他の場所では、共に渡された、マリーゴールドやら、サルビアの花が夏らしく咲いているのだが、ここは緑のほよほよとした、猫草が伸びている。
頂上にある、一軒家の住民が等間隔に並べられたソレを、坂に住まう猫達の為に丁重に育ているという。
終。
フフフ(ΦωΦ)、番外編に続く。(実はコレを書きたいがために、これ迄書いてきました♡)
ミョウガ坂の周りに住んでいる人々のいつもの生活。
そこに起きた小さな出来事。
警部補さんも職権を振るうことなく円満解決。
ほっこり。
たまこちゃんがフェルト人形になって帰ってきました。
皆幸せ。よかったです。